大判例

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最高裁判所大法廷 昭和28年(オ)189号 判決

上告人(原告) 奥村左亀馬

被上告人(被告) 国

訴訟代理人 青木義人 外一名

主文

原判決を破棄する。

本件を山口地方裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人鍛治利一、同民繁福寿の上告理由第一点について。

国税徴収法三条により、特に国税に対し保護される所定の抵当権は、その適格として先ずその設定が所定の国税の納期により一個年前に在ることを必要とするところ、ここに一個年前というのは、抵当権設定当時における抵当権者と設定者(債務者であると第三者であるとを問わない)との関係を基本とし、設定者の納税義務を基準として考える趣旨の下に設けられた規定であると解するのを相当とする。従つて抵当権者が本条の保護を受けるためには、先ず設定当時設定者に国税の滞納がないことはもちろん、その後さらに設定者が一個年内に国税を滞納しないことを必要とする。そして抵当権者が設定者との関係において本条の保護を受け得べき適格は設定者が一個年内に抵当不動産を第三者に譲渡した場合、その第三者に国税の滞納かあることによつて、直ちにこれを失うものと解することはできない。されば本件において、上告人は、特段の事由のないかぎり、訴外後藤若之助が本件不動産譲受当時までにすでに滞納した国税のあるために、本条の保護を受ける適格を失い、その公売処分により抵当権が消滅するに至る結果を甘受しなければならないいわれはない。原判決はこれと反対の見解に立つて原告の請求を棄却したのは法律の解釈を誤つた違法があるに帰し、上告は右判示に副うかぎりにおいて理由あることとなるから、原判決は破棄を免れない。

以上の理由により、他の所論について判断するまでもなく原判決を破棄し、山口地方裁判所に差し戻すべきものとし、民事訴訟法四〇七条に従い、裁判官斎藤悠輔、同本村善太郎の反対意見及び裁判官真野毅、同小谷勝重、同藤田八郎、同谷村唯一郎、同小林俊三、同池田克の各意見を除き裁判官全員一致の意見により主文のとおり判決する。

裁判官斎藤悠輔の反対意見は、次のとおりである。

わたくしは、原判決の判断は正当であつて(従つて、大審院明治三六年(オ)二四二号同年六月六日判決、判決録六八七頁以下並びに本村裁判官の意見に賛同する。但し本件上告人のように自己の債権の弁済期が昭和二四年九月末日であるのに翌二五年四月二七日本件担保物件が債務者により第三者に売却され、同二五年一〇月一二日本件差押を受け翌々二六年四月一一日公売されるまで自己の権利の上に眠つていたような債権者には敬意を表することはできない。)本件上告は、その理由がないものと考える。多数説は、その理由が曖昧で、わたくしには理解ができないばかりでなく、池田裁判官の意見とは矛盾するかのごとくである。そして、この補足意見もまた立法論的解釈であると認められるから賛同できない。

裁判官本村善太郎の反対意見は次のとおりである。

国税徴収法によれば、国税及びその滞納処分費が原則として総ての他の公課、債権、質権、抵当権に優先し、国税のため納税義務者の総財産について一般先取得権類似の特殊の担保物権を認め、而も該権利が何等の表象を具えることなくして他の物権に対抗し得るものと為して居ることが認められるのである。而して同法が斯かる権利を、当時既に制定されて居た民法の規定する担保物権の特定、公示の各原則を破つてまでも国税のために認めた所以のものは、国税が国家の財源の大宗であり、これがために国家の諸施策が実施されその諸経費が支弁され、国民がその利益を享受し得ること、約言すれば公益的見地に立つて国家の財源を確保せんとするに在るにほかならないことは、今此処で特に述べるまでもあるまい。従つて、右原則に対する例外規定の如きは徒らに之を広義に解釈適用すべきでないこと論を俟たないところであり、又斯くしてこそ始めて前記立法趣旨を始め民法一条一項の趣旨にも合致するものと信ずる。

ところで、同法が前記原則の例外として国税に優先することを認めて居るのは、国税滞納者所有財産上に存する質権、抵当権のうち、国税の納期限から一箇年以上以前に設定されその一箇年以上以前の設定であることが公正証書によつて証明されたものに限るのであつて、右質権、抵当権の設定者が滞納者自身であるか否か、右納期限当時その財産が滞納者自身の所有に属して居たか否かの如きは之を問はないのである。蓋し、国税徴収関係法令中には、国税のため認められた前記特殊の担保物権の及ぶ範囲を滞納国税の納期限現在に於ける滞納者の所有財産に限定し或は前記質権、抵当権の設定者を滞納者のみに制限したと解すべき規定が存しないからである。

されば、本件の如き場合乃ち原審認定に係る抵当権を設定した不動産所有者がその抵当権設定後一箇年以内に、当時既に納期限の到来して居た国税を滞納して居る者に該不動産所有権を移転した場合にあつても、その滞納国税は右抵当権に優先するものと解せざるを得ないのであり、同旨に出でた原審の解釈は洵に相当であると謂わなければならない。

尤も、余輩と雖も、国税徴収法が国税のため民法所定の担保物件の特定、公示の各原則を破つてまで前記の如き特殊の担保物権を認めることの可否、その例外たるべき抵当権その他の権利の範囲、特に本件の如き抵当権の保護の必要の有無等については既に再検討の時期の到来して居ることを認めるものであり、此の点に関し現行法の解釈によりその目的を達せんとする上告人等の努力につき敬意を表するに吝かでないのであるが、上告人の論旨並に本判決の多数意見補足意見は何れも立法論としてであれば兎も角、解釈論としては現行法の大本たる前記趣旨精神を没却するに等しく、到底余輩の賛同し難いところである。

仍て本件上告は棄却さるべきである。

裁判官真野毅、同谷村唯一郎の補足意見は左のとおりである。

わたくしは、多数意見に賛成であるが、なおつぎのことを補足する。

国税の徴収は、一国財政の基礎をなすものであるから、国税の他の債権に対する優先は原則として当然認められなければならない。しかし、登記された抵当権は、対世的効力を有する物権であり、善意にして正当な取引によつて設定された抵当権を無視してまで国税優先を認めなければならぬ理由はない。そこで国税と抵当債権との間においていずれが優先弁済をうけるかを調整する必要があり、それを調整したのが、国税徴収法三条の規定である。同条は、「納税人ノ財産上ニ……抵当権ヲ有スル者其ノ……抵当権ノ設定ガ国税ノ納期限ヨリ一箇年前ニ在ルコトヲ公正証書ヲ以テ証明シタルトキハ該物件ノ価額ヲ限トシ其ノ債権ニ対シテ国税ヲ先取セザルモノトス」と規定している。その趣旨は、(一)抵当権の設定が国税の納期限より一箇年前であること、(二)この事実を公正証書をもつて証明したこと、の二つの要件が具備している場合には、金融担保制度である抵当権が尊重され、抵当債権がその限りにおいて国税に対しても優先弁済をうけることを定めたのである。(一)の要件は、わが国の国税の納期間の単位は通常一年以下であるから、納期限より一箇年前の設定を保護の標準としたのである。これによつて実際に国税詐害のため往々行われる納期前一年内に設定される抵当権について保護を与えないことにした。(二)の要件は、証人または私文書による証明を排除して、国税徴収の確保を期したのである。

ところで、前記国税徴収法三条にいう納税人とは、その所有にかかる不動産につき、債権者(抵当権者)のため抵当権を設定した債務者または第三者であると解するを相当とする。抵当権の設定は、債務者が自己所有の不動産についてする場合もあり、債務者以外の第三者が債務者のために自己所有の不動産についてする場合もあり、何れの場合にも抵当権者はその抵当不動産につき自己の債権の優先弁済をうける権利を有する(民法三六九条)。そして、抵当権の設定が前記二つの要件を具備する場合においては抵当債権は国税債権よりも優先することとなる。

さて、本件のように抵当権設定の後に、抵当不動産の所有権が譲渡された場合の法律関係はどうなるか。抵当物件の譲受人は、国税徴収法三条のいわゆる納税人に当らないから納税人たる抵当権設定者に対する関係において同条の定める要件が具備する限り、同条の定める正当な抵当権尊重の趣旨により、抵当権者は譲受人の抵当物件の競売または公売に当り、国税に優先して弁済をうける権利を有するものと解するを相当とする。その主なる理由は、およそ次のとおりである。

一、もし抵当物件の譲渡の場合に、譲受人も前記三条の納税人に当ると解すべきものとし、同条所定の要件の充足の有無は、一に公売または競売当時における抵当物件所有者たる譲受人に対する関係においてのみ決すべきものとすれば、(イ)抵当権の設定が譲渡人との関係においては同条所定の要件を具備せず、抵当権者はその債権の優先弁済を主張することをえない多額の滞納国税をもつた譲渡人から、譲受人との関係においては同条所定の要件を具備し、抵当権がその債権の優先弁済を主張することをうる譲渡人に対し譲渡がなされた場合においては、抵当権者はその偶然の譲渡によつて不当に利益をうけるという結果をきたす。これは不合理である。次には反対に、(ロ)抵当権の設定が譲渡人との関係においては同条所定の要件を具備し、抵当権者がその債権の優先弁済を主張することをうる譲渡人から、譲受人との関係においては同条所定の要件を具備せず、抵当権者はその債権の優先弁済を主張することをえない多額の滞納国税をもつた譲受人に対し譲渡がなされた場合においては、抵当権者は自己の全く関与しないそして関与することを得ない偶然の譲渡によつて不当に不利益をうけるという結果をきたす。これもはなはだ不合理である。

元来債権の担保として抵当権を設定せしめ金融をする場合においては、抵当権者となる者は債権の元利金につき将来完全な弁済をうけうるために、予め十分な調査と配慮をすることが当然であり通常でもある。抵当権設定者が現在国税の滞納をもつているかどうか、その一年間の負担国税の額はどの位であるか、従来国税の納付は順調になされてきたか滞納がちであつたか、設定者の事業および資産の状況はどうか、設定者は律義者であるかずるい方であるかなどは、普通調査の対象とされる。また抵当物件が建物であるときは、その焼失による損害を填補するため火災保険契約を自ら締結し又は設定者をして締結せしめ、保険金請求権を取得することをうる方途を講ずる等その他債権の回収に万遺漏なきを期するのが抵当権者となろうとする者のとる常態である。そして最後に、調査の結果を総合して抵当物件の価額の全額またはその何割かを標準として金融がなされるのである。すなわち、抵当権者は金融に当り十分調査しその調査の基礎の上に、自己の責任をもつて安んじて担保物件を取得することができる。これが一国の経済生活に密接な関係をもつ抵当という金融制度である。

しかるに、前述のごとくであるとすれば、抵当権者が調査の範囲を超える調査当時には全く予期することのできない不測の譲渡によつて不当な不利益を受けるということになるなら、抵当権者はいくら調査をした上でも抵当権をもつことによつて安んじて債権の弁済を確保することはできないことになり、結局不合理に抵当金融制度の根底を動揺せしむる結果を招来する。

二、抵当物件の売買は、通常不動産の時価から抵当債権額を差引いた額を標準としてなされる。しかるに前記のようであると、前記(ロ)の場合には多額の滞納国税をもつ抵当物件の譲受人は、抵当権の存在にかかわらず公売または競売の代金が滞納国税に優先充当されることとなり、抵当権者の損失と犠牲において不当の利益をうける結果になる。その上、多額の滞納国税をもつ者は、かかる不当の利益を得るため、意識して故意に抵当物件を買受ける方途を講ずるに至る弊害をも生ずる。これもまた、はなはだしき不合理であるといわなければならぬ。

三、国税の徴収は、前に述べたように一国財政の基礎をなすものであるから、国税の優先は原則として当然是認されなければならない。しかし、善意にして正当な取引を無視してまで、国税の優先を認めなければならぬ理由はどこにもない。現に国税徴収法一五条本文においては、「滞納処分ヲ執行スルニ当リ滞納者財産ノ差押ヲ免ルル為故意ニ其ノ財産ヲ譲渡ソタル場合ニ於テ政府ハ其ノ行為ノ取消ヲ求ムルコトヲ得」と規定しながらその但書においては、「但シ譲受人又ハ転得者其ノ譲受叉ハ転得ノ当時其ノ情ヲ知ラザリシトキハ此ノ限ニ在ラズ」と規定して、善意正当な取引による権利の取得者を保護し、滞納国税の徴収をあきらめている。これと同様に、いなむしろそれ以上に、抵当権設定者との関係において同法三条の要件を具備する抵当権の取得は、善意正当な取引によるものと認むべきであるから、かかる抵当権従つて抵当債権はその要件を具備する限度において国税に優先する保護をうけるのが当然であり、同条の解釈はかくあるべきものである。

要するに、わたくしは抵当債権が国税に優先するかどうかの問題は、抵当権の設定が善意正当な取引として保護するに値するかどうかによつて決しようとするのが国税徴収法三条の法意であろうと思う。従つて、抵当権者は、その取引の相手方である抵当権設定者との関係において、同条の定める要件を具備する場合において、またその限度において、常にそれを証明することによつて抵当物件の公売または、競売に当り国税に優先する弁済をうけうるものと解するを相当とする。抵当権設定の後に抵当物件または抵当権が第三者に譲渡されても、またされなくても優先の関係は全く同一に取り扱われるべきものである。

古い大審院判例(明治三六年六月六日判決、録九輯六八九頁)は、形式論理で、譲渡の場合には譲受人を標準とすべき旨を判示しており、原判決もこれに従つたものと思われるが、わたくしは前記実質的理由によつて到底これに賛同することができない。

裁判官小谷勝重の補足意見は次のとおりである。

わたくしが反対説を否とし、多数説に加わつた理由と根拠は以下のとおりである。

一、先ず国税徴収法三条の「……抵当権ノ設定カ国税ノ納期限ヨリ一箇年前ニ在ルコト……」とは、設定当時における設定者の国税の納期限を基準として定められたものと解するのが、最も素直な文理上の解釈であると信ずる。

二、国税の納期限はすべて同一であるとはいいえない。したがつて抵当権設定者の納付する国税及びその納期限は抵当権者において設定当時既に知得できるけれども、抵当物件の所有権が第三者に譲渡された場合、その譲受人の納付する国税の種類及び納期限は抵当権者の予知し得ないところである。斯の如く当初の設定者の納期限と其の後の譲受人の納期限の異なるによつて、法三条の「一箇年」の期間に長短を生ずるが如きは到底条理上認容することができない。

三、抵当権者はその設定者の業種、国税の種類、納期限、法三条の不適用を受ける危険があるか否か等は、当初之を知得し得てこそ被担保債権設定(抵当権による金融)の可否を決定したものというべきであるのに、その後全く不測の第三者によつて抵当権の効力を左右せられるが如き結果を認容することは、抵当権制度に致命的な障碍を与えるものであり、法三条は斯る結果をも認めたものとは到底解することができない。

四、抵当権の設定ある物件の所有権を譲受ける場合の対価は、特別の事情がない限りはその被担保債権額を差引いた価額か、少なくとも当該物件の時価以下であるべきことは当然の条理である(民法三七七条、三七八条以下滌除に関する規定参照)。然りとせば、その譲受人たる第三者は法三条所定の不適用期間における自己の滞納国税のため当該物件につき滞納処分を受け、物件の時価いつぱい相当額の納税をしたことになるのであるが、それは責なき抵当権の犠牲において第三者である譲受人が不当に利益(この場合民法上の不当利得にはならないと思う)を得る結果となる。

五、抵当権の目的となる物件それ自体はすべての国税の源泉ではない。反対意見は恰かもその源泉であるかの如く、物の存在するところすべての国税を追及する結果を認容するものであつて、国税偏重私権軽視の観念によるものといわなければならない。もとより国税は国の財源の大宗であり、その優先は法二条の規定するところではあるが、それだからといつて不合理に私権を圧迫することは許されない。もしそれ、物件を第三者に譲渡することによつて設定者が自己の滞納国税を不当に免れんとする場合がありとせば、その場合国のためには法一五条の規定がある。或は抵当権者にも民法四二四条の規定があるというかも知れないが、その権利形成の条件とその立場には両者には大きな違いがある。

六、なお以上の意見は本件の事案に即する限度に止めた。しかし法三条の問題には種々の場合が想像できるが、要するに法三条は「抵当権者(叉は質権者)対設定者」との間を基準として定めた規定であるとの解釈を基本としてすべての場合を解釈すべきものと考える。

裁判官藤田八郎の補足意見は次のとおりである。

国税徴収法二条は、国税債権が他の債権に優先する趣旨を規定している。しかし、これは、同一の債務者に対し国税徴収債権と他の債権とが競合する場合の規定であつて、本件の場合のように滞納処分を受ける納税人に対する国税徴収債権と、抵当権の担保する債権とがその債務者を別異にする場合に適用せられる規定ではない。また、同法三条は、特定の要件を備えた抵当権は、国税徴収権に優先する場合のあることを規定している。しかし、これは、みずから、抵当権を設定した不動産所有者(債務者であると、第三者であるとを問わず)に対してその抵当不動産について滞納処分が為される場合における抵当権と国税徴収権との優劣に関する規定であつて、本件の場合のように、その不動産が抵当権設定者から他に譲渡された後に、その譲受人に対する滞納処分が為される場合に関する規定ではない。

すなわち、本件のように、債務者が自己所有の不動産に抵当権を設定した後、その不動産を他人に譲渡し、その譲受人に対して滞納処分が為される場合において、譲受人に対する国税徴収権が譲渡人の設定した抵当権に優先するかどうかという点については、国税徴収法には、何ら直接の規定はないということになる。

この場合にも同法二条に掲げられた「国税優先の思想」に則つて、大審院判例(明治三六年(オ)第二四二号同年六月六日第一民事判決、判決録第九輯六八七頁)のように「国税滞納処分の場合においては債権は特別の担保を有すると否とに拘らず国税の徴収に先だつて弁済を受くるを得ざるを以て原則とするもの」として問題を解決するか同三条の抵当権保護の法意を拡充して抵当権の優位をみとめるべきかが本件の問題の焦点というべきであろう。

自分はやはり多数意見と同じく、本件の場合には、抵当権の優位を認めるべきであると思う。

けだし、国税の徴収といえども、民法その他の私法によつて規整せられる財産制度を基盤として行われるものであることは勿論であり、その滞納処分も滞納者自身の財産に対して為されるを本則とすることはいうまでもないところであつて、滞納者以外の第三者の犠牲において滞納処分がなされるということは極めて例外の場合でなければならない。(抵当権設定後一年以内の設定者の滞納について滞納処分が為される場合に滞納処分が第三者たる抵当権者の有する抵当権に優先するごときはこれであつて、かかる場合については国税徴収法三条のような特別の規定がなければならない)さらに国税徴収法自体においても滞納処分の為めに第三者の権益を侵害しないように配慮している法意は、同法の随所にみることができる。同三条がその趣意に出たものであることはもとより、その他同一五条が「滞納処分ヲ執行スルニ当リ、滞納者財産ノ差押ヲ免ルル為故意ニ其ノ財産ヲ譲渡シタル場合ニ於テ政府ハ其ノ取消ヲ求ムルコトヲ得」と規定しながら、右のように滞納者が故意にその財産を処分した場合であつても「譲受人叉ハ転得者其ノ譲受又ハ転得ノ当時其ノ情ヲ知ラザリシトキハ此ノ限ニアラズ」として善意(たとえ過失によつて知らない場合でも)の第三者が故なく他人の滞納処分の為めにその権益を害せられることのないようにこれを保護する規定を設けているごときも、その一端を示すものというべきであろう。してみれば抵当権者が何等過失もないにかかわらず、抵当不動産が第三者に譲渡せられ(譲渡は設定者の自由である)たまたま、その譲受人が滞納した(或は譲受の当時既に滞納者であつた)という抵当権者にとつて絶対に予知予測のしようもない偶然の事実のために、その者に対する滞納処分によつて、抵当権を失う結果をきたすというごときは民法の抵当権制度を設けた趣意に反するは固より国税徴収法自体の容認するところでもないといわなければならない。かかる結果が、同法三条の抵当権保護の趣意に反くものであることはまた、いうを待たないところである。

自分は、以上の理由により、本件上告は、その理由あるものと思料する。

裁判官小林俊三の補足意見は次のとおりである。

前記判示はその理由を要約してあるので含むところが多く、解釈について明確を欠くところがあるかも知れない。よつて判示の趣旨について私かぎりの見解を補足する。

前記判示の含む主要な点が二つある。一つは、国税徴収法二条一項にいう国税と競合する債権とは、納税義務者を主債務者とする場合ばかりでなく、広く納税義務者が物上保証人として債務を負担する場合をも含むと解すべきであり、従つて同法三条にいう「納税人」とは、抵当権設定者のみを指すのでなく、抵当不動産の譲受人たる第三者をも含むと解することである(この点において明治三六年六月六日の大審院判決の趣旨と異なるところはないか、別掲池田裁判官の見解と明らかに異なる)。次の二は、抵当権者は、抵当不動産が第三者に譲渡された場合、譲渡の時以前の納期限に属するその第三者の滞納国税があることによつて同法三条の保護を受ける適格またはこれを期待し得る有利な状態を失わしめられることはないと解することである。

まず国税徴収法二条は、国税が原則として他のすべての債権に優先することを明らかにしたのであるが、このことは債権のために存する質権、抵当権に対しても同様である趣旨なるこというまでもない。しかし同法は、この趣旨を一貫しないで一つの例外を設けた。それが同法三条である。すなわち国税と競合する債権のために存する抵当権(以下抵当権についてのみいう)であつても、その設定の時期によつてはこれを保護すべき事情あるを認め、これを国税の納期限より一箇年前に設定したものに限り国税に対しても保護を受けることとし、その要件を定めたのである。同条は、その要件とする「一箇年前」ということについて単に、「納税人ノ財産上ニ……抵当権ノ設定ガ国税ノ納期限ヨリ一箇年前二在ルコト……」と定めているに過ぎず、抵当不動産が第三者に譲渡された場合にはどのように判断するかについて文理的にはこれを示す語句は認められない。従つてこのことについては、立法の趣旨目的から解釈するのほかないということになる。そこで法三条が「……国税ノ納期限ヨリ一箇年前……」と定めた趣旨を考えてみるに、この規定は、基本の形態すなわち抵当権設定当時の抵当権者と設定者との関係を基本として考え、「国税ノ納期限」というのも、設定者の納税義務に着眼して判断する趣旨で立言したと解するのが相当である。抵当権者は抵当権を設定するに当り、設定者がすでに他に債務を負担しているかどうか、特に国税の滞納があるかどうかを調べるのが通例である。設定の時、すでに国税の滞納があれば、この滞納のある限り前記の保護を受ける見込のないこと明らかである。従つて抵当権者が本条の保護を受け得るためには、設定当時設定者に国税の滞納がないことはもちろん、なおその後一箇年以上右滞納の状態を生じないことを要するのである。ところで抵当権者が右のようにして設定後設定者に国税の滞納がなく一箇年を経過し法定の保護要件を完全に具備すれば、その時以後に設定者が、抵当不動産を第三者に譲渡しても、その第三者にその時以前の納期限に属する国税の滞納があることによつて、遡つて抵当権者が右保護を受ける適格を失うと解することの非理なることは明らかであろう。(かかる場合でも、常にその第三者の従前の滞納国税に遡つて判断すると解する説がありとすれば立法の目的を全く無視する論である)。この理は、抵当権設定後設定者が国税を滞納しないで経過した期間が一箇年未満であつても、その期間の利益は抵当権者に対し同様に解すべきものである。けだし設定者に国税の滞納がなく経過した期間は抵当権者が、将来そのまま一箇年を経過することによつて法定の保護要件を具備することを得べき利益ある状態であるのに、抵当不動産が第三者に譲渡されたがために、特段の理由なくして、卒然前に遡つてこの利益を失わしめると解するのは全く不合理だからである。

しかるに原判決のように解するときは、抵当権者は設定当時はもとより、その後において設定者に滞納がなく経過しても、抵当不動産が第三者に譲渡されれば、いつ何時法三条の保護を受けられなくなるか判らない危険があり、その結果事実上抵当権を失い、時に債務の弁済を全く得られないという予期しない事実も起り得るのである。また他方、抵当不動産の譲受人たる第三者は、取引の通例として抵当債務額を控除した価格でその不動産の所有権を取得しながら、公売処分においてはその不動産の全価格による売得金か国税の弁済に充当されるから、第三者はその限度では抵当権者の損失において自己の納税義務を免れるという不当な結果をも生ずるのである。このような事態は、法三条が所定の抵当権者を保護しようとする立法の趣旨に全く反しその目的を無にするものといわなければならない。

なお前記判示が、抵当権者は、抵当不動産を譲り受けた第三者の滞納国税によつて、法三条の保護を受け得る適格を失うものでないとする趣旨について念のためにいえば、抵当権者は、抵当不動産を譲り受けた第三者の譲受の時以前の納期限に属する国税の滞納によつて遡つて影響を受けることはないということであつて、その第三者の譲受後における国税の滞納を含まないのである。後者の場合は、抵当権設定者が国税を滞納した場合となんら異なるところはなく、抵当権者は、法二条の原則にもとり、国税による不利益な影響を受けることを免れるものではない。けだし抵当権者は、当初の設定者が納税人として将来国税を滞納することのあり得べきことは予見しなければならないことであり、このことは抵当不動産が第三者に譲渡され、その第三者が納税人の地位に立つても異なる解釈をする理由はないからである。これを本件について原判決の認定する事実によれば、滞納処分の原因となつた三期にわたる滞納国税のうち、特にその第一期分は抵当権設定以前の納期に属し、原判決のように解すると、あたかも抵当権者は、滞納国税の存するにかかわらず、抵当権を設定したことと同一に帰するのであつて、この点だけについても、特段の事由のある場合は別として、通例の取引では考えられないことである(本件の抵当権設定は昭和二四年七月二八日、譲渡は同二五年四月二七日、公売処分の原因となつた滞納国税の第一期分は同二四年六月三日)。

終りに不動産を譲り受けた第三者との関係に関する他の見解(別掲池田裁判官補足意見参照)について述べておきたい。法三条にいう「納税人」というのは、主債務者が同時に抵当権設定者である場合は、その主債務者を指すこというまでもないが、抵当権設定者が第三者である場合は、その第三者を指す趣意であることは明らかであろう(この点他の見解は前者のみを指すかのごとく解されるか、そうとすれば意見を全く異にする)。問題は、抵当権が一たん設定された後その不動産が第三者に譲渡された場合、その第三者も同条の納税人の中に入るかどうかである。私は前に委しく述べたような限界のあることを前提として、かかる第三者も法三条の納税人の中に含まれると解するのである。すなわち、法三条は法二条のいわば例外規定であり、法二条は国税と私債権が競合することによつて、はじめて国税優先の問題を生ずることは、他の見解のいうとおりである。しかし(一)抵当権は債権に従たる権利であつて、債権と運命を共にするという性質は、抵当不動産の所有権の変動によつて変るものでないとともに、所有権者を離れて考えることもできない。従つて、法三条は、結局抵当不動産の所有者に対する国税債権と抵当権との関係を定めた趣旨に帰するものといわなければならない。抵当不動産が第三者に譲渡されれば、その第三者に対する国税債権は、常に抵当権に優先しないと解することは、国税の優先権を定めた法二条の趣旨に全く反するのみならず他にこれを肯定すべき根拠は考えられない。(二)抵当権設定者(第三者である場合特に明らかである)は、物によつて債権を担保する性質を示すために、物上保証人と呼ばれている。抵当不動産が第三者に譲渡されてもこの意義に変りはない。法三条は、この物上保証人としての債務とその納税義務とが競合する場合の関係をも規定したものと解すれば事理は明らかである。(三)論者の説をとると、抵当権の設定登記を終えた直後、設定者がその不動産を第三者に譲渡するときは、その第三者がその後いかに国税を滞納しても、その抵当不動産に関する限り抵当債権が常に国税より優先して弁済を受けることとなる。かかる事態を是認すべき合理的根拠があるとは思えない。そしてかかる場合国税の滞納は、抵当権設定の後であるから、国は国税徴収法一五条による詐害行為取消権を行使する途もないことを注意すべきである。

裁判官池田克の意見は次のとおりである。

多数意見は、国税優先の制限を規定した国税徴収法三条のみの解釈により、原判決の判断をもつて法律の解釈を誤つたものとし、原判決を破棄すべきものとする。わたくしも亦、結論においては、これと同意見であるが、しかし、右三条は、国税優先の原則を規定した同法二条を受けて規定されたものであつて、問題の解明にあたつては、先ず、同条の解釈を明らかにしなければならないところであり、それによつて右三条の趣旨もおのずから明らかにすることができるものと考えられるので、この立場から、意見を表示することとする。

国税徴収法二条は、国税の優先的徴収権を認めているが、その趣意とするところは、納税人に対し国税滞納処分を執行する場合において、しばしば、国税債権と他の債権とが競合し、これらの横権の間に納税人の財産かち弁済を受ける順位の問題を生ずるので国税の徴収確保の立場から、債権者平等の原則を排除して国税債権に優先権を認めたものに外ならない。すなわち、国税債権と他の債権とは、その債務者が共に同一人である場合にのみ同条の適用があるものと解すべく、また、その限りにおいては、他の債権が質権又は抵当権の如き特例の担保を有するものであると否とに拘らないものと解するを相当とする。けだし、或る債権が他の債権に優先するか否かは、債務者が同一人であり、且つ、当該債務者に対して数個の債権が競合する場合でなければならず、債務者を異にする債権については、そのいずれの債権が他の債権に優先するかの問題を生ずる余地がないのであつて、このことは、国税債権と他の債権との関係についても、その理を同じくするからである。この事理を無視し、国税を重視するの余り、国税徴収法二条が、国税債権は、すべての他の債権に優先するものとしている文字解釈にとらわれ、納税人の財産上に、質権又は抵当権が設定されている以上、たとえ、それらの質権叉は抵当権が、納税人以外の第三者の債務のために設定されたものであつても、なお且つ、同条のいわゆる「他の債権」に含まれるものとするが如きは、同条の規定する「債権」の不当な拡張解釈であつて、採るを得ないところである。

しかし、国税徴収法の法意が右のとおりであつても、納税人に対する債権担保のため設定された質権又は抵当権は、その設定時期の如何にかかわらず、常に国税債権に優先されることとなり、それらの担保権者の利益を著しく害するばかりでなく、私法上の一般取引の安全も亦甚しく阻害されるおそれがあるので、これが調整をはかるため、国税の優先権に制限を設けることが要請されるものというべく、同法三条は、あたかも右の要請にこたえたものに外ならない。従つて、同条にいわゆる「質権又は抵当権を有する者」とは、納税人に対する債権について納税人の財産の上に質権又は抵当権を有している者を指し、納税人以外の者に対する債権について納税人の財産の上に質権又は抵当権を有している者の如きは、これに含まれないと解すべきこと、当然の事理でなければならない。大審院が、これら後者の特別担保権をも含むものと判示(明治三六年(オ)第二四二号同年六月六日第一民事部判決)しているものは、同条立法の趣旨を逸脱したものといわなければならない。

しかるに、これを本件について見ると、原判決の認定するところによれば、抵当権によつて担保されている債権は、上告人の本件不動産譲渡人永瀬此二に対する債権であつて、納税人後藤若之助に対する債権ではないというのであつて、すなわち、抵当権によつて担保されている債権は、上告人と永瀬との間の債権であり、国税債権は納税人後藤に対する国の債権であるから、納税人後藤に対し国税債権と他の債権とが競合している場合ではなく、国税徴収法二条、三条を以て律すべき限りでないのである。しからば、納税人後藤に対する国税債権と上告人の本件抵当権との優劣の関係はどうかというと、右抵当権は、原判決の認定によつても明らかなとおり、適法の登記がなされているのであるから、国税債権に優先すべきことは、これ亦当然の事理である。

(裁判官 真野毅 小谷勝重 島保 斎藤悠輔 藤田八郎 河村又介 小林俊三 本村善太郎 入江俊郎 池田克 垂水克己 栗山茂 岩松三郎 谷村唯一郎)

上告理由〈省略〉

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